ラブプラス その2

転校初日から、早くも将来の恋人が見つかるという、
非常に幸先の良いスタートを切った僕の新たな学生生活。
これから愛花さんと青春を謳歌することは、もはや確定事項となった。
一緒の部活で汗を流すうちに次第と仲良くなり、
やがて二人一緒に下校するようになる。
友達以上恋人未満の時期をしばらく続けた後、
校庭にある伝説の樹の下で告白。晴れて二人は恋人同士となる。
その後はもう、生キャラメルの練乳がけが如く甘い日々の連続である。
昼食の時間になると、彼女が僕の教室までやって来て、
手作りのお弁当を一緒に食べる。試験前には一緒に勉強をして、
休日には、映画やカラオケに行くなど学生らしいデートを重ねて、
親が留守の日に、ついに彼女を家に連れ込んで、ブラハズス的展開に……。
そうなると日記に詳細を書けなくなってしまうのが残念であるが、
充実した恋愛を送っている人間は、日記など書いている暇はないのである。


かくして、すぐにでも愛花さんを攻略していきたいところだが、
高校生ともなると、女子との交際にも先立つものが必要である。
お金がなければ、デートをするのも、プレゼントを贈るのもままならない。
たいした運動神経も学力もルックスも持ち合わせていない僕にとって、
女子を篭絡する際に頼れるのは、お金の力のみである。
残念ながら、僕の経済状況は豊かであるとは言えない。
月に貰える小遣いは、漫画を購入したらなくなる程度であるし、
父親が左遷されてしまった今、賃上げ交渉するのも難しい。
幸いにも、十羽野高校は学生のアルバイトが自由である。
ここは人生初のアルバイトを始めてみるのがいいだろう。
とはいえ、高校生にできるアルバイトはある程度限定されている。
放課後以降、シフトが自由に組める、時給が高い、仕事が楽、女子が多い。
これら全ての条件に合う仕事は、残念ながら見つからなかった。
あまりにも厳しい現実に、日本経済の悪化を改めて実感する。
妥協の末、数ある求人広告の中から僕が選んだのは、
駅前にあるファミリーレストラン「デキシーズ」であった。
「溺死するほどの美味しさ!」のキャッチコピーでお馴染みの人気チェーン店である。
善は急げと、早速電話をかけてみることにした。
「お電話ありがとうございます。デキシーズ、新とわの駅前店です」
「すみません、アルバイト募集の広告を見てお電話したのですが……」
「ああ、アルバイト希望の方? 学生さん?」
電話に出たのは男性であった。
誰とも代わる様子がないので、どうやら店長さんのようである。
「はい。十羽野高校の二年生です」
「今から来れる?」
「はい。履歴書の他に必要なものはありますか?」
「いや、今日から働いてもらうから、身分証と印鑑だけ持ってきて」
「えっ? は、はい。失礼します」
それだけで電話は切れた。
どうやら採用が決定したようだが、大丈夫なのだろうか。
言い知れぬブラック企業臭に不安を覚える。
不安を拭えないまま、駅前のデキシーズに到着した。
しかし店の前まで来たものの、どこから入ればいいのかわからない。
客ではないので、職員用の入り口から入るべきなのだろうか。
しかし、本当に採用されたのかがわからない状況なので、
事情を知らない人に出くわしたら、一から説明するのが面倒くさい。
とりあえず窓から中の様子を探ろうと、ぴょんぴょん飛び跳ねてみたが、
これではウェイトレスさんの着替えを覗こうとしている変質者である。
働く前に通報されてはたまらない。諦めて店の入り口から入ることにした。

「いらっしゃいませー!」
直後、やはり着替えを覗いておけば良かったと激しく後悔した。
僕を出迎えてくれたのは、太陽のような笑顔が素敵な、
超絶美人なウェイトレスさんであった。しかも巨乳である。
「お客様、お一人でしょうか?」
「は、はい、彼女はいません!」
思わず余計な情報まで付随した返事をしてしまうのも無理はないだろう。
普通のファミレスでこんな美女と遭遇できるとは、誰も想定できない。
「お姉さん」という言葉がぴったりはまる大人の女性。大学生だろうか。
18歳以上とあらば、高校生相手には不可能な行為も可能になってくる。
愛花さん一筋で生きていこうという、僕の決意が早くも揺らぎ始めた。
「どうなさいました?」
美女+ファミレスという王道の組み合わせを前にして、
妄想がいよいよ記述できない段階まで行きかけた時、
お姉さんに声をかけられて我に返った。
無言で見つめ続ける僕に、お姉さんは戸惑った表情である。
初対面の女性を舐め回すように見る癖は、そろそろ直さなければならない。
入り口から入ったので当然だが、お姉さんは僕を客だと思い込んでいるようだ。
このままでは、バイトの件を言い出せないまま席に案内されてしまう。
最悪の第一印象を拭うべく、明朗な説明をして挽回しなければならない。
「えっと……僕、今日からここでバイトを……」
相変わらずどもりながら、要領を得ない説明をしてしまった。
これが面接だったら、100%落とされているであろう。客商売ですよ。
「え、あぁ。新人さんね?」
拙い説明にも関わらず、お姉さんは理解してくれたようだ。
きっと彼女目当てで訪れる、僕のような気持ちの悪い客を何人も相手にして、
このようなやり取りに慣れているのであろう。お気の毒さまである。
「こっちに来て」
お姉さんに案内されて、店の奥の方へと進んでいく。
一体どこに連れて行かれてしまうのだろうか。わくわく!
連れて来られたのはスタッフルームであった。当然である。
「従業員は表の入口から入っちゃダメよ」
早速、お姉さんからお叱りを受ける。
働く前から叱られるのも僕ぐらいのものだろう。
社会では高校生だからという言い訳は通用しない。猛省せねば。
「すみません」
だが、美女に叱られるという初めてのシチュエーションに、
自然と顔がほころんでしまう。むしろもっと叱られたい。
「ふふ、いいわ。初めてなんだもの」
再度叱られると思ったが、お姉さんは優しく微笑んでくれた。
言っておくが、僕は今のセリフを思い起こすだけで、
今後数ヶ月はご飯をいくらでも食べられる男である。
「私は姉ヶ崎寧々、よろしくね」
お姉さん――姉ヶ崎さんは、客に向けるのと変わらぬ笑顔で言った。
名は体を表すというが、苗字までもが体を表す人に会うのは初めてである。
素敵な名前をつけてくれたご両親と、姉ヶ崎に住んでいたご先祖に感謝。
仕事面でも、その他の面でも、これから彼女に教わりたいことがたくさんある。
「私はここでも学校でも、あなたの一年先輩になるのかな?」
姉ヶ崎さんが続けて言った言葉は意外なものだった。
大学生だとばかり思い込んでいたが、まだ高校生だったのか。
だが、今はそれ以上に気になることがある。
「学校でも? 僕、転校してきたばかりなんですけど」
まだ自己紹介をしていないのに、どうして彼女が僕のことを知っているのか?
おそらく謎の美少年が転校してきたと、三年生の間で噂になっているのであろう。
「ふふ。ごめんね、店長から聞いたの。私と同じ高校の一年後輩が来るって」
あっさりと種明かしをする姉ヶ崎さん。
二年生の女子は昨日のうちに全員をチェックしたが、
三年生の女子はまだ調べていなかった。
こんな美女をチェックしていなかったとは一生の不覚である。
「そうだったんですか」
「ん~っ……ちょっと他人行儀かな」
急にむーっと頬を膨らませる姉ヶ崎さん。
何か機嫌を損ねるようなことを言ってしまっただろうか。
「何がですか?」
おそるおそる理由を尋ねる。
「敬語、たった一歳しか違わないのに、
それだとすごく年上扱いされてるみたいで、ちょっとね」
姉ヶ崎さんは不満そうな表情で言った。
そう言われても、高校生において、一歳の差はとても大きく、
たった一歳年下なだけで、下級生は全ての人権を否定されるような扱いを受ける。
それは未来永劫続くであろう、高校生の絶対的な上下関係なのである。
そう反論しようと思ったが、姉ヶ崎さんの表情は真剣である。
おそらく同級生の男子からも、敬語で話しかけられたりするのであろう。
今でこそ同年代の女子より大人びて見えるが、年を取っても容姿があまり変わらず、
最終的には若く見えると思うので問題ないと思うが、今彼女にそう言っても納得すまい。
ここは素直に従うべきだろう。
「すいま……いや、ごめん。ちょっと緊張してて」
「うん、それそれ。でも、お客様には敬語だよ」
同級生相手でも敬語を使うような僕が、年上の女性相手にため口を使っている。
とてもむずむずするが、嫌いではない、嫌いではないぞ!
「うちのお店、そのあたりは厳しいから。ね?」
自分を年上扱いしないでくれと言ったものの、
僕に対しては子供に優しく諭すように言ってくる姉ヶ崎さん。
「はい。じゃなくて、うん!」
「うふふ……」
何このやりとり。超楽しい。
「じゃあ私は戻るから、ここにいて。もうすぐ店長が来るはずだから」
「うん、ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
当初は金策のためと割りきって働くつもりだったが、
もはやバイト代はおまけで、彼女目当てに毎日でも働くつもりである。