相対性理論+渋谷慶一郎 渋谷AX やくしまるえつこ いとうせいこう 

「3月13日に相対性理論のライブがあるけど行かない?」というメールが、
僕の東京での唯一の知り合いである、小川ひなた嬢から送られてきた。
ネット経由という、極めて自分を偽りやすいきっかけで知り合い、
五年近く経った今でも、未だに交友が続いているという事実。
twitterで僕をフォローしている女子は、こういうところから、
日記からは読み取れない、僕の人柄を読み取る努力をすべきである。



僕も彼女も、音楽関係にかける年間予算は同程度だと思われるが、
僕はひたすらCDを買うのに対して、彼女はひたすらライブに行く。
よって、僕は彼女にお気に入りのCDを貸したりするのだが、
昨年末「年末のカウントダウンジャパンに行く!」と意気込む彼女に、
サカナクションとフジファブリックのアルバムを貸したら、
ああいうことになって、返してもらう時にお互い悲しい気持ちになった。
先日、彼女に相対性理論のCDを貸した結果、
カラオケでも「らぶ~らぶ~」と歌ってしまう子になったらしく、
その責任を感じて一緒に行くことにした。



後日、一緒に牛たんを食べながら、ライブについての話し合いをする。
今回のライブは「相対性理論+渋谷慶一郎」名義であった。
渋谷慶一郎というのは、一月にその名義でCDを出したり、前回のライブで、
「相対性理論のファンってサブカル好きが多いでしょ(笑)」という、
ヴィレッジヴァンガードを神聖化するような若者を一笑に付す発言で、
僕のサブカル好きに対する、モヤモヤした感情を晴らしてくれた渋谷氏である。



「それでゲストは誰ですか?」
相対性理論はワンマンでやるには曲数が少ないし、
何よりも、MCがないので間が持たない。
たいていの場合は、ゲストが二組ほど呼ばれるのである。
「Mika Vainio+NHKだって」
「美川べるの? どこの国の方ですか?」
「えっと、ふたりのフィンランド人、Mika Vainio と Ilpo Vaisanenにより、
 1993年に結成されたユニットは……」
「あっ、もういいです。もう一組は誰ですか?」
「もう一組は……あっ、すごいよ!」
「誰ですか? 中田ヤスタカ?」
「いとうせいこう」


そしてライブ当日、会場は渋谷AXであった。
向かう途中、マッスルシアターの前を通る度に、
見に行っている人がいるんだなあ、と思うことでお馴染みの場所である。
彼女は仕事終りに駆けつけるというので、待ち合わせば渋谷にした。
ちょうど相対性理論の曲に「ロッテリア」というのがあるので、
会場近くのモスバーガーで待ち合わせることにした。



ライブは18時開場、19時開演なのだが、
我々がモスバーガーに到着したのは、18時30分過ぎであった。
ゆっくり食事などをしている場合ではない。一刻も早く会場に向かわねば。
という訳で、海老カツバーガーとモスチーズバーガーとドリンクと、
フローズンケーキバーを二人でもぐもぐと食べる。



会場に到着すると既に開演していた。なんということだ。
前のドアは満杯なので入るのを諦め、後ろのドアから入る。
ステージ上には見知らぬ外国人の集団がいた。
おそらくこれが、Mika Vainio+NHKだろう。
音楽に定義していいのかわからないほどノイジーな演奏。
これこそが相対性理論ライブの名物、ゲストによるミーハー潰しである。
相対性理論のみを目当てに来た、のほほんとしたゆるいファンに対して、
洗礼とばかりに浴びせられる、ノイズとフラッシュによる波状攻撃。
これにより気分が悪くなったり、最悪、倒れてしまう人もいる。



大丈夫かと心配して、小川ひなた嬢の方を見ると、
例のまねきねこダックのような動きで上下動していた。
終了後には「かっこよかった!」と一言。頼もしいぜ。



それまで最後方で聞いていた僕たちだったが、
次のゲストが登場するまでの間、ライブ慣れしている彼女は、
わずかな隙間をすり抜けて、ずんずんと前の方へ進んで行った。
僕も熟練の痴漢のような動きで、彼女の後ろを追跡する。
結果、中間ぐらいの見晴らしのいい位置に陣取ることができた。



やがて二組目のゲストが登場した。顔がはっきりと見えないが、
いとうせいこうっぽい帽子を被っているので、きっといとうせいこうだろう。
先程の外国人よりは、わかりやすくかっこいいサウンドがフロアに鳴り響く。
彼が音楽活動をやっていることは何となく知っていたが、
まさかこんなに華麗なDJプレイを見せるような人物だったとは。



そのまま盛り上がりが最高潮を迎えようとした時である。
いきなり舞台袖から変な男が現れ、詩を朗読し始めた。
せっかく盛り上がってきたところなのに何だよ、と思ったが、
その人物こそが、いとうせいこうであった。



突然の詩の朗読に、最初の方は呆気にとられたが、
「シルシルミシル」などでは見られない彼の本気に、
徐々に心が揺さぶられた。善のネーション応答せよ!
終了後は、僕の中での平仮名のいとう姓の有名人序列において、
いとうせいこう>>越えられない壁>>いとうあさこ となった。



次はいよいよ相対性理論の登場である。
前回は最初から最後まで、棒立ちだったやくしまるえつこ嬢だが、
今回はちょこんと椅子に座っての登場であった。そのアンニュイな雰囲気に、
「お互いに無言のまま、ひたすらテトリスで対戦したい!」という情念を抱く。
ステージを見ると、いつの間にか天井からシャンデリアが釣らされていた。
昔の少女漫画にいる、登場すると背景に薔薇が出る人のように、
彼女が登場したことで、天井からニョキニョキと生えてきたのかもしれぬ。



もう一つのスポットライトの先には、ピアノの渋谷慶一郎氏がいた。
一曲目は二人による「スカイライダーズ」であった。
演奏はピアノが主導で、それに合わせてやくしまるえつこ嬢が歌うため、
ピアノが早くなる後半の方は、やや巻き気味になるやくしまるえつこ嬢。
それでも焦った様子を全く見せないのはさすがである。



一曲目が終わると、残るバンドのメンバーが登場した。
ギターとベースの人は、いかにも相対性理論という感じだが、
ドラムの人だけ、普通のロックバンドにいそうな若者である。
仮にキューミリパラベラムバレットにいても違和感がない。
演奏においても、一番目立っているのはドラムの音である。
バンドが加わっての一曲目は「アワーミュージック」であった。



二曲目が終わったところで、問題が一つあった。
相対性理論+渋谷慶一郎名義では、三曲しか曲がないのである。
まさか三曲で終了ということはないだろうが、どうするのか。
すると「ふしぎデカルト」のイントロがピアノで始まるという、
予想外の展開で三曲目が始まった。元からへんてこな曲だが、
ピアノで演奏されると、まるで小学生のいたずらのようである。



続いての曲は「おはようオーパーツ」であった。
この曲はベースの真部氏がコーラスで参加するのだが、
「OPQRST UVカット」と言うのが恥ずかしいのか、やたら声が小さい。
とはいえ、やくしまるえつこ嬢が歌詞を書いていると思われがちだが、
実際に歌詞を書いているのは、他ならぬベースの真部氏である。



曲が終わるとメンバーが退場して、
再びやくしまるえつこ嬢と渋谷氏のみが残った。
二人が黙々と次の曲の準備をしている時のことである。
突然「えつこおおおお!」という野太い声が響き渡ったかと思うと、
直後に「か、かわいい……」という、
心の声がうっかり口に出てしまったような男性の声が聞こえた。
普通のテンションの歓声ならば、どのライブ会場でも起こり得ることであるが、
五右衛門がクラリスに「可憐だ……」と言ったのと同じテンションだったので、
周囲は苦笑するしかなかった。気持ちはわかるが口に出してはダメである。



そんな気持ち悪い観客のことなど全く意に介せず、
開始のタイミングを合わせるやくしまるえつこ嬢と渋谷氏。
曲は「BLUE」であった。
この曲は歌詞が全て英語なので、
やくしまるえつこ嬢もいつも以上に譜面を凝視している。
「るっくれふと♪ るっくだうん♪」
抜群の英語力を見せるやくしまるえつこ嬢。がんばれがんばれ!



曲が終わると、やくしまるえつこ嬢も退場して、
ステージには渋谷氏のみが残された。
「え~、ここでピアノソロのコーナーです」
ようやくここで渋谷氏による、このライブ初のMCが入った。
ゲスト的立場の人が最初に喋るってどういうことですか。



「それと物販の宣伝をして欲しいということで……」
相変わらずのぶっちゃけトークで、物販のTシャツの宣伝を始める渋谷氏。
やくしまるえつこ嬢が例のウィスパーボイスで懇願すれば、
仮に売っているのが、木彫りの熊の置物でも完売すると思うが、
さすがにそうしてしまうと、イメージが崩れてしまうのだろう。
渋谷氏が演奏したのは「まだタイトルも決めていない」という、
ミュージシャンならば、誰もが一度は言ってみたい曲であった。
相対性理論なら「無題」ってタイトルの曲出しそうだけれども。



渋谷氏によるピアノソロが終わると、
再びやくしまるえつこ嬢とメンバーが登場。
続いて演奏されたのは「地獄先生」であった。
女子高生と教師との禁じられた恋を歌ったこの曲。
今年は卒業式ソングとして、全国の高校で歌われたことだろう。



続いて「四角革命」から「さわやか会社員」という、
今回のセットリストでもっとも盛り上がる流れとなった。
それでも皆、軽く揺れるだけで、暴れる人などは皆無であった。
ライブに行きたいけど怖いという人に、彼らのライブはおススメである。
演者と観客の一体感などは、一切感じられないけれども。



続いての曲は「バーモント・キッス」であった。
盛り上がりから一転、しっとりと歌いあげるやくしまるえつこ嬢。
前回は機材トラブルがあり、演奏がグダグダになったのだが、
今回は本職の人間(渋谷氏)がいるので大丈夫だった。
やくしまるえつこ嬢の美声に聞き入る観衆。でも歌詞はこんなのですよ。
これまで一言も台詞を発さなかったやくしまるえつこ嬢だったが、
最後となる「スカイライダーズ」のバンドバージョンの演奏が終わると、
「どうも……」とだけ言い残し、メンバーや渋谷氏とともに退場していった。
無人となったステージに向けて、まばらなアンコールの拍手が鳴り響く。
どうやら彼らがアンコールに応じないことを観客も知っているようだ。
込み合う前にさっさと帰ろうとしたその時、信じられないことが起こった。
なんと、やくしまるえつこ嬢が再びステージ上に現れたのである。
開演前に「相対性理論はアンコールないから」と
知ったかぶって語っていた僕の面目丸つぶれである。



そんな訳でまさかのアンコールである。
「スマトラ警備隊」や「LOVEずっきゅん」など、
ライブで盛り上がるのに、演奏していない曲がまだまだある。



だが、出てきたのは、やくしまるえつこ嬢と渋谷氏のみで、
既に演奏した「アワーミュージック」のピアノバージョンという、
アンコールの盛り上がりを一瞬で沈める素敵な選曲であった。
最後に「グッナイ」の一言を残して、退場するやくしまるえつこ嬢。
前回は「おやすみ」だったのに、この九ヶ月で欧米化したようである。
最後に軽く観客に手を振ったところに、若干のデレ化が見られたが、
未だに謎が多い彼女。今後も21世紀最後の虚像として君臨してもらいたい。