ラブプラス

据え膳食わぬは男の恥、貰った以上はやらねばなるまい。
しかし作品のファンの方には申し訳ないが、実際のところ、
僕は二次元の女子に対しての興味はあまりないのである。
よって、これから出会うであろう、三人の女子に対して、
「うひょ~!」という感じになるかもしれないが、
それはあくまでゲームの主人公になりきって書いているからであり、
管理人本人の性格や趣味や恋愛観や性癖などには、
一切関係がないことを予め明記しておきたい。
ただでさえ少ない女性読者を、これ以上減らすわけにはいかないのである。


彼女のいない男子に訪れる最後の審判。それがバレンタインデーである。
この日ばかりは、単なる茶色い塊が金塊と同じぐらいの価値に跳ね上がる。
正確には、チョコレートが欲しいのではなく、女の子からの好意が欲しいので、
これが牛の生首を送りつける習慣だとしても、僕は喜んで受け取るだろう。



朝、いつもより多めに整髪料を使用し、結果、いつもより変な髪型で学校へ向かう。
下駄箱に扉を付けなかった学校側に怒りを覚えつつ、教室へ向かい、
ドキドキしながら机の中を探るも、当然のことながら何も入っていない。
諦めきれずに放課後も教室に残るが、誰一人僕の元へはやって来ない。
現実に絶望して下校するも、いつもより校内を迂回しながらという諦めの悪さ。
すると、下駄箱の前で僕が密かに思いを寄せている女の子に会った。
緊張で固まる僕に彼女は笑顔で言った「あっ、バイバーイ!」と。



ここまで書くと、まるで実話のように思われそうだが、
今年のバレンタインデーは日曜日だったので学校はない。
こんな思い出を抱える二十七歳にはなりたくないという仮定の話で、
現在の僕は高校二年生。要は彼女が欲しいということである。



とはいえ、二月まで売れ残っているような物件が、
何の労もなく今から彼女を作るということは不可能である。
どうすれば二次元や空気人形ではない彼女が作れるか、
考えた末に僕が思いついた計画。それは転校であった。
完全に膠着してしまった今の人間関係をリセットして、
新しい土地で新しい自分になり、新しい人間関係を築き、
「転校生」という単語に、ミステリアスな何かを感じてしまう、
夢見がちな女の子を上手くだまくらかして彼女にするのである。



しかし、転校したいと思っても、そう簡単にできるものではない。
親に「彼女が欲しいから転校させて」と言っても、殴られるのがオチである。
そんな訳で転校して彼女を作るという計画は長らく頓挫していたのだが、
先日、父親が左遷されて、遠くの町に引っ越すことになった。ラッキー!



二月中旬からの編入という、迷惑極まりない行為を受け入れてくれたのが、
とわの市にある私立十羽野高校である。自由な校風で学生同士の恋愛も自由らしい。
晴れ晴れしい気持ちで校門をくぐる。気分はこれから高校デビューする新一年生である。
高校二年生から高校デビューするのは、遅いと思われるかもしれないが、
高校二年生というのは、同級生、下級生、上級生と三種類の味が楽しめる
長い人生の中で最初に訪れる恋愛適齢期なのである。
二十歳を超えてから「女子高生と恋愛がしたい!」と思っても、
そこには様々な障害(都条例など)が立ち塞がる。やるなら今しかない。



転入の手続きはあっさりと完了し、晴れて僕も十羽高生の仲間入りである。
すると、職員室を出たところで、テニス部の部長を名乗る男に声をかけられた。
どうやら職員室でのやり取りを見ていて、僕が転校生であることを察したらしい。
この時期にやって来る転校生は、実力者に違いないという勝手な想像をしているようだ。
詳しく話を聞くと、ちょうどエースが試合直後に亡くなったところだという。



「どうかな、入部してみない?」
自分にテニス経験がないことを告げたが、男はそれでも積極的に勧誘してくる。
確かに部活に所属するかどうかは悩むところである。
誰一人知り合いのいない現状、部活に所属するのが一番手っ取り早い。
しかし、部活が厳しかった場合は、恋愛する暇もないまま学生生活が終わってしまう。



「うちの運動部は強くないから、練習も温いよ」
僕の懸念を察したのか、部長が甘い言葉で誘ってくる。
テニス部は運動部の中でも、男女の垣根があまりない印象である。
厳しくないのなら、サークル感覚で楽しめるのではないだろうか。
「それに女子にモテるよ。部員の彼女いる率八割」
「入ります!」
健全な肉体には健全な魂が宿る。少しは体を動かすのもいいだろう。



昼休み、テニス部への入部届けを出しに再度職員室に向かった。
テニス部の顧問である鈴木先生を探すが、そこは転校生である僕、
当然のことながら、誰が鈴木先生なのか分からない。
鈴木っぽい顔の先生に声をかけるが、残念、田中先生であった。
田中先生によると、鈴木先生はテニスコートの方に出て行ったとのこと、
田中先生にテニスコートの場所を教えてもらい、職員室を出た。
「テニスコート」という言葉を反芻しながら廊下を歩いていると、
ふいに「手にスコート」という言葉が頭に浮かんだ。
最終的には、そのような状況になるように頑張りたいものである。



だが、辿り着いたテニスコートは無人だった。まんまと騙されたようだ。
そもそもテニス部の顧問だから、テニスコートにいるという発想がおかしい。
その理論だと、水泳部の顧問は真冬のプールにいることになる。只の変態ですよ。
仕方ないので部員の人に聞こうと、テニスコートに隣接している部室に向かった。
そこで僕は運命的な出会いを果たすことになるのである。

冬の寒さに頬をほんのりと紅潮させながら、部室の前をせっせと掃除している女の子。
可愛いという感情は普遍的なものだが、可愛いという概念は流動的なものである。
彼女を見た瞬間、僕の中の可愛いという概念は新たな次元に昇華し、
前の学校で好きだった女の子の存在などは、忘却の彼方に消え失せた。



近づく僕の存在には気づかずに、掃除を続けている女の子。
声を掛けるべきか、それとも一旦引いて心の準備をするべきか。
確かに積極的に女の子と仲良くしていこうとは思っていたが、
いきなりこんなに可愛い子に出会うとは想定していなかった。
もし逃げられでもしたら、トラウマで明日から登校拒否になるだろう。



だが、ここで声を掛けれないようでは、一生彼女などできない。
僕は覚悟を決めて彼女に声を掛けることにした。
新しい学校に来て、女の子とのファーストコンタクト。
今後の学生生活を占う大事な局面である。失敗は許されない。
「あ、あの、すいません……」
おもいっきりどもってしまった。もう消え入りたい。



「はい、なにかご用ですか?」
突然、見知らぬ男に声をかけられたというのに、彼女は笑顔で応じてくれた。
部室の掃除をしているということは、マネージャーさんだろうか。
事前に彼女の存在を知らされていれば、即座に入部を決めていただろう。
彼女と向かい合った状態で、改めてその顔をじっくりと見てみる。
大きく澄んだ瞳に通った鼻筋、清楚な顔立ちながらも唇は艶っぽい。
そして最も印象的なのは、その長い髪を束ねている大きなリボンである。
一見すると、彼女のお嬢様的ビジュアルには不釣合いのように見えるが、
これによって清楚さと可愛さを両立させるという、奇跡的なバランスを実現している。
彼女に頭に付けられるのなら、来世はリボンに生まれ変わっても構わない。



「あの、なにか……」
僕が長く見つめすぎたせいか、さすがに戸惑った表情の女の子。
逃げられてしまう前に、自分が入部希望者であることを伝えなければ。
男女関係は第一印象が大切と言われている。ここは明朗快活に説明しよう。
「あの、僕、転校してきて今日からなんで、入部届けを持ってきたんだけど、
 顧問の先生が見つからなくて、部室に行けばいるかと思って、それで……」
ああん、自分で自分が気持ち悪い。



「じゃあ、鈴木先生がおっしゃってた新入部員の方って……」
非常に拙い説明だったが、彼女は理解した様子である。
どうやら部長の方から既に鈴木先生に話が通されていたようだ。
「たぶんそれです。マネージャーさんに入部届を頼んでいいですか?」
「ふふ……」
僕が入部届けを差し出した途端、彼女は急に笑いだした。
何か変なことを言っただろうか。それとも僕の顔がおかしいのか。



「女子テニス部の二年、高嶺愛花です。一応、選手です」
彼女――高嶺愛花さんは胸に手を当てて自己紹介をした。
その姿はまるで外国映画に出てくるお姫様のようである。
今時こんな風な動作をして自己紹介を行い、
そしてそれが板についている女子高生がいるだろうか。
「十羽野に入ってよかった……」と早くも最終巻のような感動を覚えた。



「選手だったんですか。一人で部室の掃除してるからてっきり……」
そこまで言って「しまった」と思った。
二年生が昼休みに一人で部室を掃除しているという状況。
つまり、彼女はいじめられているのではないか。
おそらく彼女の可愛さに嫉妬した他の女子部員の仕業だろう。
しかもこの様子だと、本人はいじめられていることに気付いていない。
それが面白くない部員は、さらにいじめをエスカレートさせることだろう。
最終的には、ラケットを壊されたり、スコートに切れ込みを入れられたり、
練習後のシャワー中に下着を隠され、何も履いていない状態のまま下校したり……
くっ! いじめを止めようか、しばらくは静観しようか迷う。



「新しい人が来るまでにお掃除しておきたかったの。今ちょうど終わったところ」
彼女の言葉に僕の勝手な妄想はあっさり霧散した。そりゃそうである。
彼女をいじめるような不敬な輩がいたら、老若男女の隔てなくぶん殴りますよ。



「届けは鈴木先生に渡しておけばいい?」
僕から入部届けを受け取った彼女は、それを大事そうに抱えて言った。
もはや、彼女の一挙手一投足全てが可愛く感じられ、
これ以上一緒にいたら、どうにかなってしまう危険性がある。
「何から何まですみません」
僕は軽く一礼して、その場を立ち去ろうとした。
「困ったときはお互い様。ね?」
優しく微笑む彼女を見て、僕は彼女が早く困った事態になることを願った。
できれば、二人で雪山に遭難するぐらいの事態に巻き込まれたい。